トシchannel

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とある雪国でのびのび暮らす自由気ままな医学生。部活も引退して自由になりすぎてブログを始めました。ゆるく読んでね。

【小説】本当の色pert1

これは8章に分けた小説の一話目です。まとめページこちら

 8時30分

 【行方不明】

 私は登校すると真っ先に定位置の席に腰を掛けた。もう九月というのにセミがうるさくないている。窓の外では生徒たちが次々と自転車で校門をくぐってきていた。遅れまいと汗だくで重そうな荷物を持ってくる様子が面白い。教室内に目を移すとこの時間にしては皆の集まりが悪いように感じられる。やはり長期休暇明けの登校はつらいものがあるのだろう。遠くに見えるあぜ道を立ちこぎで懸命に走る同じ制服を着た子を見つけ、遅れるなよとエールを送っておいた。

 私も久しぶりのローファを履いて 朝玄関を出るときは、憂鬱な気分全開だった。衰えることを知らない残暑とあいまって吐き気を覚えたほどだ。でもこうやっていつもの一番後ろ、窓側の席に座ってクラスの皆や窓の外観察していると憂鬱さも幾分とやわらぐ。また後ろから皆の様子を観察していればいい平凡な2学期を送ればいい。この席は人間観察をするにはうってつけだった。教卓の方では5・6人の女子グループが夏休みに行ったライブの話で盛り上がっている。廊下側の席にいるのは持ち込んではいけないはずのゲーム機を机の引き出しに隠してスマブラに夢中になっている男子四人組だ。皆がそれぞれ属するグループで久々の友との再会に話の花を咲かせている。もちろん前髪を目の下まで伸ばした貞子みたいな私にしゃべりかけてくる者はいなかったが、人間観察していた方が気楽な私にとってはそれは好都合だし、何よりも友達がいないことにもう慣れてしまっていた。誰もがまたいつもと変わり映えがしない二学期が今日から始まるものだと思っていた。担任の先生が教室に入ってくるまでは。

「このクラスの野口芽衣さんが行方不明になりました。警察にはもう届け出たけど何か知っていることがある人は教えてください。ほんとに些細なことでいいんです…」

 先生の声は焦りから早口になっていてあまり聞き取りやすいものではなかったがそれでもいつもよりも少し騒がしい教室内を静かにさせるのには十分だった。

「えっ、あの芽衣が…」

「家出かな」

芽衣に限ってそんなことはないでしょ」

「じゃ事故?事件とか?…」

「ちょっと物騒なこと言うのやめてよ」

ひそひそ声が教室のあちらこちらから上がったが有力な情報を持っている人は一人もいなかった。いつもクラスの中心にいたあの野口が、と思うと私も多少は驚いたが、この高校に入ってから彼女とは一度も言葉を交わしたこともないので別に特別な感情はおきなかった。しかし先生が立ち去ったあと、クラス内のざわめきはあんなにうるさかったセミの声をかき消すほど大きなものになっていた。それもそのはずだ。野口芽衣はみんなを照らす太陽のようにいつも輝いていた。彼女の周りにはいつも大勢が取り囲んでいたし、彼女がしゃべると皆が笑顔になっていた。まるで私とは違う人種。ショートカットでまっすぐ人の目を見て話す様子は後ろから見ていて眩しく思えた。そんな野口芽衣が脳裏から離れなくなり、ざわめき立つ教室が急に居づらくなって一時間目の授業の前に用を足そうと席を立つことにした。

「関口!」

 トイレ近くの静かな廊下でこう呼ばれたとき、すぐには反応できなかった。学校で私の名前を先生以外の人が呼んだのはいつぶりだろう。私は何かの勘違いだと思って、そのまま通り過ぎようとした。

「おーい。セーキーグーチー。き・こ・え・て・ま・す・かー」

 おどけた声が聞こえる。どうやら本当に私を呼んでいるようだ。恐る恐る顔を上げてみると自分の前髪で前がかすんでいたが、そこには確かに山下賢人がいた。

「これから一緒に芽衣を探してくれないか?」

「えっ」

 正直山下が言っていることはよく理解できなかった。彼も野口芽衣と同じようにクラスの中心にいる人物だ。おぎゃあと生まれてきた時から笑っていたのではないだろうかと思うほどいつも笑顔を絶やさないし、周りを明るくする能力はもはや天才的だ。だから、クラスで目立つ山下賢人と野口芽衣がひかれあうのに時間はかからなかった。五月にはもう二人が付き合っているのではないかといううわさが出回っていた。

私は入学式の次の週から山下と野口のふたりで話すときだけ、山下の笑顔が他の人に向けるものと少し違うことに気づいていた。みんなを照らす太陽のような笑顔ではなく、なにか素の気持ちが表れているような、少しもの悲しそうな目で笑っているのが印象的だった。

天は二物を与えずというが、山下や野口にはまわりの人たちを楽しませる能力が与えられたのだろう。小学校の時からなぜかクラスに一人は周りに人が集まってくる人気者がいたのを思い出した。これは、天から与えられた才能としか思えない。私には、ヒトを観察する能力が与えられたのだろう。こんなものちっともいらない。そもそも人をよく観察するのは空気が読めない行動をして浮くことがないようにするための防衛手段だから才能でもなんでもないか。

「今日一日だけでいいから、芽衣を探すのを手伝ってほしいんだ。頼む」

 前髪を通してぼんやり見える山下はどうやら頭を下げているらしい。

「なんで、私なの…私、野口さんとはしゃべったこともないんだけど」

「お前とじゃないと芽衣は見つからないんだ。一日だけでいいから頼むって」

「なに言ってるの?山下くんも野口さんも一緒に遊んでいた人いっぱいいるじゃない。野口さんを見つけるんだったら彼らの方がいいでしょ。それに私山下くんと話したのもこれが初めてだよ。もう授業が始まっちゃうから教室戻るね。」

「いやお前芽衣のこと後ろからよく見ていただろ。お前が一番彼女を知ってるんだよ。それにお前あたまいいし、授業抜けてもどうせ騒がれないからいいだろ。自転車のカギとってきていっしょに来てくれよ」

 まったく意味が分からない。私が彼女のことを一番知っている?そして何か悪口を言われたような…

 ここまで思考を巡らせたところで怒りがわいてきたが、山下の話ぶりからは動揺が隠せていなかったので許してやることにした。私が一度も話したこともない野口芽衣のことを私が一番知っているなんてどうにかしている。でも、考えてみれば、唐突に自分の交際している相手が行方不明になったと聞かされたのだから動揺するのも無理のない話か。

 夏休み明け最初の授業を受けるのもめんどくさいし山下と一日過ごしてみるかという気持ちになった。長期休暇の課題を忘れたくだらない理由を何個も聞かされる無意義な授業は嫌いだし。それにしても学校にいる間一言も話さないこともあるこの私が、今日初めて会話を交わした人と二人きりで一日を過ごそうという気分になるなんて。自分の新たな一面を見つけた気がして、自ら驚いた。

 

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