トシchannel

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とある雪国でのびのび暮らす自由気ままな医学生。部活も引退して自由になりすぎてブログを始めました。ゆるく読んでね。

【小説】本当の色pert3

これは8章に分けた小説の三話目です。まとめページこちら

9時50分

蕪島神社】

 リンゴ畑で十分は太陽に見入っていただろうか。汗が染み出たシャツに土が付くのは不快だったが、山下の意外な一面が見れて良かった。いつも騒がしく友達とはしゃいでいた山下は、実は後ろの席で何もしゃべらない私のことを気にかけていて、頭がよくなりたいと言う。私から見れば毎日がとてつもなく充実しているように見える山下がそんなことを考えているのは意外だった。隣に寝転ぶ彼の表情は笑顔だったが、クラスで見せるキラキラしたものとは違い、どこかスッキリと自然で素の表情をたたえていたように思えた。

 二人乗りを再開し、住宅街の方向に走っていくと山下は蕪島神社に野口芽衣を探しに行こうと言った。蕪島神社はここ八戸村で一番大きな神社だ。境内に幾本と生える桜が花を開かせる時期や年に一度の村の夏祭りの時期には参道に無数の屋台が立ち並ぶ。その時には、村中の人が集結しているのではないかというくらい賑わう。しかし今日は九月一日。残暑厳しき平日の昼間だ。人っ子一人いないに違いない。当然野口に出会えるはずもないと思ったが、山下には伝えないことにした。ここまでの旅から山下が本気で野口を探しているのではないことは明白だった。動揺する自分の心を落ち着けるために二人の思い出の地を巡ろうとしているのだろうか。この神社は二人にとって特別な場所なのかもしれない。私は山下のことをもっと知りたいという気持ちもあって、今日は山下が自分なりに納得するまでとことん彼に付きやってやろうと心に決めた。今朝までの私では考えられない。

「手水舎で身を清めないとね」

「チョウズヤ??」

 関口は勉強はできてもこういうことは知らないのかと山下はげらげら笑っている。そして、一すくいの水で左手、右手、口、もう一度左手、柄杓の柄と迷うことなくスムーズに身を清めてみせた。山下がこのような作法に精通しているのは少し意外だった。神社での作法はテレビ番組でみたことはあったから知ってはいたが山下のように板についてできるものではない。私は、山下にバカにされないように横目で彼の動きを観察しつつ、さもやり慣れた人のように振る舞って手水舎を足早に後にした。

 本殿までの参道がとてつもなく長く感じられた。

「お参りするときはちゃんと神様に感謝の気持ちを伝えてから願い事をするんだぞ」

「お参りの前にお賽銭箱の前の鐘を鳴らさないと神様に自分の存在を気づいてもらえないよ」

 私の気持ちを見透かしてからか山下はいちいちからかってきて楽しそうだ。

 鈴を鳴らしてから二礼二拍手一礼する山下を横目で見ると、やはり動作が板についていた。そのままぶつぶつと願い事を唱えている。果たして何を願っているのだろうか。野口が無事見つかることだろうか。それとも…

 彼の横顔はとても神妙でいつもの笑顔はみられなかった。こんな真剣な顔の山下賢人を私は初めて見た。

 

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