トシchannel

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とある雪国でのびのび暮らす自由気ままな医学生。部活も引退して自由になりすぎてブログを始めました。ゆるく読んでね。

【小説】本当の色pert4

これは8章に分けた小説の四話目です。まとめページこちら

11時30分

【ログ・キャビン】

 蕪島神社を出発した私たちは、再度閑静な住宅街を進んだ。真夏の太陽が遠慮なく降り注いでいるからだろうか、外を歩いている人はいない。

「お腹すいたな」

「そうだね。誰かさんのせいで自転車をこぎ続ける羽目になったからお腹ペコペコだよ」

 四時間前、初めて話した山下と楽しく嫌味な会話ができるような仲になっていた。もう後ろから腰に手を回されても気にもならない。さすがクラスの太陽山下賢人だ。前髪を延ばして人と目を合わせるのを避けていた私をここまで変えてくれた。高校に入って人との会話が楽しいと思ったのは初めてだ。

「行きつけのとてもおいしい喫茶店があるんだ。そこにいこう」

 山下に道を指図されながらたどり着いた先には、立派な木造の一軒家が建っていた。丸太作りの外壁が濃い茶色に変色していて歴史を感じる。これまた趣のある木製の看板には『カフェ ログ・キャビン』と掲げられている。こんな立派な喫茶店が八戸村にあることが驚きだった。八戸高校からすべて見渡せそうな小さい村にも、まだまだ知らないことが多い。

 入り口の分厚いドアを開けると中からコーヒーのいい匂いが漂ってきた。足がおしゃれに曲がっているテーブルが4つ並び、周りを取り囲む真っ赤なソファーはふかふかで座り心地がいいのが見ただけで分かる。

「あら、いらっしゃーい。賢人君久しぶりだねぇ。元気にしてた?」

「お母さんお久しぶりです」

 中から感じのよさそうな女性のマスターが出てきて、山下の後ろに隠れるように立っている私を見つけ、笑顔で会釈した。

「山下君、後ろの彼女はお友達?誰かを連れてここに来るのって珍しいじゃない」

 そう言ってお水を二つ注いでくれている。私は思わず「えっ」と言ってしまいそうになった。ここは、野口との思い出の場所ではないのだろうか。

 私の驚きが表情に出てしまっていたのだろうか。山下は笑みをたたえた口を開いた。

「こことてもいい雰囲気だろ。ここには今まで学校でつるんでいる奴は誰も連れてきたことないんだ。もちろん芽衣もね。ここは、あのマスターと素の気持ちで語り合える唯一の場所だからね。マスターだったら他の誰にも話さないこともなぜか話せてしまうんだ。お前がマスターに紹介する初めての人なんだぞ」

 山下が一人でこういう喫茶店に来てるのは想像できなかったが、なんだか素敵だと思うとともに不思議だと思った。学校でも十分素の気持ちで友達と接していると思っていたからだ。山下にはマスターにしか話せないような大きな秘密でもあるのだろうか。

 さらに、マスターと話す山下の笑顔は、クラスメイトと話すときのさんさんと輝きを放つ笑顔とは違い、野口と話している時と似たもの悲しさが感じられる笑顔であることに気づいた。もっと山下のことを知りたいと思った。

 マスターがメニューと水をもってきた。私たちを交互に見てから、

「ごゆっくりー」

 と優しい声をかけてくれる。

「ぜったい俺らが付き合ってると思われているよな」

 山下が苦笑いを浮かべている。初めてこの店で彼と向かい合って座っているのが私なのだとしたらマスターが勘違いするのも無理もない。思えば、今日一日私は、山下と二人乗りしたりして二人の時間をなんだかんだ楽しく過ごしていた。急に、野口芽衣に申し訳ない気持ちになった。

 喫茶店でご飯を食べることはあまりなかったので何を食べようかとメニューとにらめっこしていると、ナポリタンがおいしいよと山下におすすめされた。メニューの写真にうつるオレンジ色のオーソドクスなナポリタンは確かにおいしそうだ。

「おかあさん!俺ナポリタンとオレンジジュースで!」

「はいよー」

「えっと…私はナポリタンとソイラテで…」

「はーい。お嬢さん随分大人っぽい飲み物が好きなのね」

 そう言って、マスターは笑顔で一段下がった狭いカウンターキッチンに入っていった。

 昔から私はソイラテが好きだった。小さいころお父さんに連れられてコンビニに行ったとき、いつもグリーンスムージーの隣にあるソイラテを買ってとせがんでいた。私は普段は物をせがむような子ではなく今と同じようにおとなしい性格だったのでお父さんも不思議に思っていたことだろう。

 私たちがナポリタンを待つ間、店内には優しい曲のBGMとフライパンを火にかけるジュウジュウといった音しか聞こえてこなかった。山下とは無言で向き合っていても気まずくならないような関係になっていた。ついさっきまでクラスの後ろから遠巻きに観察していたかっこいいクラスの中心人物が目の前でオレンジジュースをすすっている。そう考えると店内の心地よい空調の中でも汗が噴き出す感じがした。

「おまえ、将来の夢とかあるの?高校生になったんだしそろそろ考えないとだよなあ」

 唐突に山下が自問だか質問だかわからないことを聞いてきた。夢など全く考えていなかったので、適当に、しかしある意味心の奥底で思い続けていた本心を口にした。

「山下君や野口さんみたいに明るくなりたいな。明るくなっていいお嫁さんになりたい」

「小学生の夢みたいだな」

 山下はそう言ったものの、私の予想に反して笑わずに話を聞いてくれた。

「山下君は?」

「こんなバカな俺が言うのもはばかられるけど、実は世界を飛び回る仕事に憧れているんだ。高校生になって地理を学ぶにつれて外国っておもろいなと思って。通訳とか楽しそうだよな。英語ができるお前が羨ましいよ」

 毎日誰かしらと遊びまくっていると思っていた山下が将来についてこんなによく考えているのは意外だったが、夢が世界を股にかける通訳だなんて素敵だと思った。自分でも言っている通り彼は半分よりも前の席に座っているので成績がいいわけではない。しかし、そういえば地理と英語だけは授業中真剣な顔で聞いていた。その理由が今わかった。

こんな話をしている間に、

「おまたせー」

 とナポリタン二人前が運ばれてきた。具はソーセージ、玉ねぎ、ピーマンだけでオーソドックスにケチャップに絡めてあるだけだったが、今までで一番おいしく感じ、ペロッと完食してしまった。二人乗りで疲れた体にチャップの甘酸っぱさが染みわたり、心地よかった。

 

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