トシchannel

トシchannel

とある雪国でのびのび暮らす自由気ままな医学生。部活も引退して自由になりすぎてブログを始めました。ゆるく読んでね。

【小説】本当の色pert7

これは8章に分けた小説の七話目です。まとめページこちら

16時55分

山下賢人の回想】

「俺はこの小さい八戸村に生まれて一度も外の街に出かけたことがないんだ。お父さんの転勤が理由とはいえ、いろんな場所に住む体験をしてきたお前が羨ましいよ」

 彼は、河原に寝そべりながら淡々と話し始めた。

さいころ俺は本を読むのが大好きなおとなしい子供だった。村に唯一の図書館においてある5年くらい前の版の旅行雑誌や地図帳を見るのが好きだった。まだ漢字が読めなかったから本に掲載されている写真を見るだけだったけれども。まだ見ぬ遠くの街の風景に思いをはせていた。

小学生になると、異国の地の写真を見るだけでは飽き足らず、実際にその地に行ってみたいと思うようになった。ログ・キャビンでも語ったように将来は通訳にでもなって世界を股にかける職に就きたいと考えるようになったんだ。

でも、幼なごころにもそれは無理だとうすうす勘付いていた。誰にも言っていなかったが、俺は蕪島神社の家に生まれた長男で、しかも一人っ子なのだ。自分がこの神社を継いで守っていかないといけないことくらい嫌でも分かった。

幼稚園の頃、周りの友達の家と比べてとても広くて立派な庭もある実家は、俺にとって誇りだった。でも、自分の運命に気付いてしまったとき、家はまったく居心地のいい所ではなくなった。

小学生高学年になると、俺は将来神主になるという運命にあらがおうとして、お父さんとよく衝突した。家に夜遅くまで帰らなくなり、仲間とちょっとした悪さをしたりして時間を潰した。何のために学んでいるのかも分からなくなり、小学校も休みがちになった。

中学校に入ると、悪さをすることもなく、学校にもちゃんと通うようになったが、将来への不満は募るだけだった。だから、友達には誰一人として自分が神社の息子であることは言えなかった。自分の運命を誰にも知られたくなかった。自分の運命を友達が知ってしまったら、みんなが俺から離れていってしまう気がしたから。みんなが、医師になりたい、教師になりたい、パティシエになりたいと目を輝かせながら言っているのを笑顔で聞き、俺は通訳になりたいと苦し紛れに言う時間が一番苦痛だった。

将来に悲観し、何かを学ぶ意欲を失っていた俺は、学校に行く意義を友達との交流に求めた。逆に俺に必要なのは友情だけだった。俺のむなしさは、友達との交流で紛らわせられるものだと思っていた。

確かにクラスの中心的な存在になってみんなと毎日ワイワイするのは楽しいことも多かった。しかし、自分とは考え方が少なからず違うやつの話を笑顔で聞き続けるのは、はっきり言って大変だった。いつも満面の笑顔でいることに疲れを感じ、嫌気がさしてしまった。ログ・キャビンのお母さんはそんな状況を素直に話せる唯一の人だったから、毎週のように喫茶店に通った。だから当然何も知らないクラスのみんなをログ・キャビンに連れて行くことはできなかったんだ。

そんな毎日が繰り返される中、中三で関口きらが八戸中に転校してきた。彼女は、頭がよく、誰の目も気にせずに、後ろの席で自分の時間を過ごしていた。当時の俺は、そんな彼女のぶれない姿勢をとても尊敬した。毎日毎日みんなに気を使って笑顔を振りまいているのがバカらしく思うようになっていた。

もっと刺激を受けたのは、高校から八戸にやってきた野口芽衣との出会いだった。彼女は俺と同じようにとても元気でクラスのみんなを明るく照らしていた。でも、その目は完全には笑っておらず、すぐに何か無理をしているんだとわかった。俺と同じ目をしていると思った。

それから俺は彼女が無理をしている理由を知りたくて、彼女とよく話すようになった。野口と俺が付き合っているという噂が流れたが、別に困ることではなく、そう思われていた方が都合がよかったので放っておいた。彼女と一緒にいるときだけは俺も自然な笑顔でいられてとても楽しかった。野口もおなじだったと思う。

でも、彼女は自分の秘密を決して言おうとはしなかった。俺は、野口がよく関口の方を見て気にかけている様子だったのが気になったが、深く追及することはしなかった。俺は野口にさえも自分の家柄のことは言えずにいたので、自分の秘密はどれほど人に知られたくないものか知っていたから。

「でも、今日関口が秘密を話してくれたから芽衣が抱えていたものが分かってすっきりしたよ。ありがとう」

 河原に寝転ぶ山下がにっこりと私に笑いかけた。すべてを話してすっきりとした顔だ。彼の笑顔には無理はなく、とても穏やかな表情だった。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com