【小説】本当の色pert8
17時20分
【千種海岸】
私たちはすべてを話し、晴れやかな気持ちで河原で伸びをした。日が傾き、涼しくなってきたので吹き抜ける風がとても気持ち良い。暑すぎて鳴きやんでいたセミもいつもの騒がしさに戻っている。
「俺が最後に芽衣と会ったのは二日前、千種海岸まで行った時だったんだ。最後にそこまで付き合ってくれない?」
「千種海岸って、隣町にある海岸だよね。遠くないの?」
「とりあえずいってみようよ」
みたび、山下に無理やり自転車にこがされ、海に向かうことになった。後ろから山下に抱き着かれる格好にももう慣れ、安心感すら感じるようになった。
しかし、住宅街の路地の前から同じ八戸高校の制服を着た三人組が歩いてきたときにはどきりとした。もう部活のない高校生は下校する時間だ。三人組は私の知らない先輩だったからよかったが、同級生にばったり会って山下との二人乗りを見られてしまったらどんな噂を立てられるかわからない。私は自転車をこぐ足を速めた。
住宅街を抜けて小高い丘を越えると眼前に広大な海が広がった。傾いた太陽が海の広い範囲を照らし長い前髪越しにも光がさんさんと降り注いでいるのが分かる。前を直視できないくらいまぶしい。
「海だ!」
山下と私の興奮した声が重なる。後は海までの長い下り坂を下るだけだ。自転車のペダルを漕ぐ必要もなく、私たちはしばし広大な海の存在感に圧倒されていた。
海につくと私たちはビーチの砂浜へと続く階段に腰を下ろした。かすかに聞こえる波の音と潮のにおいが心地よい。
「ここで二日前芽衣と語り合ったんだよ。あっ、ほんとはきらちゃんなのか」
「まぎらわしいよね。そのままでいいよ。芽衣と何を話したの」
「芽衣は本当の自分を探しに行きたいと言っていたんだよ。それと今回の芽衣の失踪は関係あるのかな?」
「うーん」
「今日お前の話を聞いて、芽衣の苦悩がわかった。芽衣が言う本当の自分とは両親が離婚する前の本来のメイ、つまり関口きらのことなんじゃないかな」
「うーん。彼女は母親が亡くなって、本来の関口きらとしての自分を取り戻したくて八戸に来たんだと思う。でも、ここ八戸でもみんなに無理に笑顔を振りまいてしまう性格は変わらず、生き別れた私もいて、住みにくかったんじゃないかな?メイはきっと自分のことを知っている人がいない新たな土地に行って本来の自分に戻りたいと思ったんだと思う」
「うん。きっとそうだよね。おれも自分を変える努力をしなくちゃな」
そして山下は海に向かって嬉しそうに叫んだ。
「明日からちゃんと英語を勉強してバイリンガルになってみせる!!」
私も後に続けて叫んだ。
「わ・た・し・は、もっと明るくなってみせる!!」
「お前そんな大きい声出せるんだな」
耳をふさいで大げさに驚いた顔をしている山下に、私は筆箱からハサミを取り出して渡した。
「これで私の前髪をバッサリ切ってほしい」
「ほんとにいいのか?」
「妹が変わろうとしているんだもの。私も変わらないとでしょ」
山下は私の決意をくみ取って、眉毛の上でひとえに私の前髪を切ってくれた。
「おまえ、ほんとに目元がメイにそっくりだな。さすが双子のだけある」
視界を暗くしていた前髪がなくなり、眼前の海が今まで見たことのないくらいきれいに見えた。
夕焼けで海は真っ赤に染まっている。
太陽は昼間さんさんと降り注いでいた時よりも控えめな今の方がはるかに美しいと思った。山下の笑顔と同じだ。皆が太陽を赤く描く理由が分かった気がした。
完
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