トシchannel

トシchannel

とある雪国でのびのび暮らす自由気ままな医学生。部活も引退して自由になりすぎてブログを始めました。ゆるく読んでね。

【小説】本当の色pert8

これは8章に分けた小説の八話目です。まとめページこちら

17時20分

【千種海岸】

 私たちはすべてを話し、晴れやかな気持ちで河原で伸びをした。日が傾き、涼しくなってきたので吹き抜ける風がとても気持ち良い。暑すぎて鳴きやんでいたセミもいつもの騒がしさに戻っている。

「俺が最後に芽衣と会ったのは二日前、千種海岸まで行った時だったんだ。最後にそこまで付き合ってくれない?」

「千種海岸って、隣町にある海岸だよね。遠くないの?」

「とりあえずいってみようよ」

 みたび、山下に無理やり自転車にこがされ、海に向かうことになった。後ろから山下に抱き着かれる格好にももう慣れ、安心感すら感じるようになった。

 しかし、住宅街の路地の前から同じ八戸高校の制服を着た三人組が歩いてきたときにはどきりとした。もう部活のない高校生は下校する時間だ。三人組は私の知らない先輩だったからよかったが、同級生にばったり会って山下との二人乗りを見られてしまったらどんな噂を立てられるかわからない。私は自転車をこぐ足を速めた。

 住宅街を抜けて小高い丘を越えると眼前に広大な海が広がった。傾いた太陽が海の広い範囲を照らし長い前髪越しにも光がさんさんと降り注いでいるのが分かる。前を直視できないくらいまぶしい。

「海だ!」

 山下と私の興奮した声が重なる。後は海までの長い下り坂を下るだけだ。自転車のペダルを漕ぐ必要もなく、私たちはしばし広大な海の存在感に圧倒されていた。

 海につくと私たちはビーチの砂浜へと続く階段に腰を下ろした。かすかに聞こえる波の音と潮のにおいが心地よい。

「ここで二日前芽衣と語り合ったんだよ。あっ、ほんとはきらちゃんなのか」

「まぎらわしいよね。そのままでいいよ。芽衣と何を話したの」

芽衣は本当の自分を探しに行きたいと言っていたんだよ。それと今回の芽衣の失踪は関係あるのかな?」

「うーん」

「今日お前の話を聞いて、芽衣の苦悩がわかった。芽衣が言う本当の自分とは両親が離婚する前の本来のメイ、つまり関口きらのことなんじゃないかな」

「うーん。彼女は母親が亡くなって、本来の関口きらとしての自分を取り戻したくて八戸に来たんだと思う。でも、ここ八戸でもみんなに無理に笑顔を振りまいてしまう性格は変わらず、生き別れた私もいて、住みにくかったんじゃないかな?メイはきっと自分のことを知っている人がいない新たな土地に行って本来の自分に戻りたいと思ったんだと思う」

「うん。きっとそうだよね。おれも自分を変える努力をしなくちゃな」

 そして山下は海に向かって嬉しそうに叫んだ。

「明日からちゃんと英語を勉強してバイリンガルになってみせる!!」

 私も後に続けて叫んだ。

「わ・た・し・は、もっと明るくなってみせる!!」

「お前そんな大きい声出せるんだな」

 耳をふさいで大げさに驚いた顔をしている山下に、私は筆箱からハサミを取り出して渡した。

「これで私の前髪をバッサリ切ってほしい」

「ほんとにいいのか?」

「妹が変わろうとしているんだもの。私も変わらないとでしょ」

 山下は私の決意をくみ取って、眉毛の上でひとえに私の前髪を切ってくれた。

「おまえ、ほんとに目元がメイにそっくりだな。さすが双子のだけある」

 視界を暗くしていた前髪がなくなり、眼前の海が今まで見たことのないくらいきれいに見えた。

 夕焼けで海は真っ赤に染まっている。

 太陽は昼間さんさんと降り注いでいた時よりも控えめな今の方がはるかに美しいと思った。山下の笑顔と同じだ。皆が太陽を赤く描く理由が分かった気がした。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!!

【小説】本当の色pert7

これは8章に分けた小説の七話目です。まとめページこちら

16時55分

山下賢人の回想】

「俺はこの小さい八戸村に生まれて一度も外の街に出かけたことがないんだ。お父さんの転勤が理由とはいえ、いろんな場所に住む体験をしてきたお前が羨ましいよ」

 彼は、河原に寝そべりながら淡々と話し始めた。

さいころ俺は本を読むのが大好きなおとなしい子供だった。村に唯一の図書館においてある5年くらい前の版の旅行雑誌や地図帳を見るのが好きだった。まだ漢字が読めなかったから本に掲載されている写真を見るだけだったけれども。まだ見ぬ遠くの街の風景に思いをはせていた。

小学生になると、異国の地の写真を見るだけでは飽き足らず、実際にその地に行ってみたいと思うようになった。ログ・キャビンでも語ったように将来は通訳にでもなって世界を股にかける職に就きたいと考えるようになったんだ。

でも、幼なごころにもそれは無理だとうすうす勘付いていた。誰にも言っていなかったが、俺は蕪島神社の家に生まれた長男で、しかも一人っ子なのだ。自分がこの神社を継いで守っていかないといけないことくらい嫌でも分かった。

幼稚園の頃、周りの友達の家と比べてとても広くて立派な庭もある実家は、俺にとって誇りだった。でも、自分の運命に気付いてしまったとき、家はまったく居心地のいい所ではなくなった。

小学生高学年になると、俺は将来神主になるという運命にあらがおうとして、お父さんとよく衝突した。家に夜遅くまで帰らなくなり、仲間とちょっとした悪さをしたりして時間を潰した。何のために学んでいるのかも分からなくなり、小学校も休みがちになった。

中学校に入ると、悪さをすることもなく、学校にもちゃんと通うようになったが、将来への不満は募るだけだった。だから、友達には誰一人として自分が神社の息子であることは言えなかった。自分の運命を誰にも知られたくなかった。自分の運命を友達が知ってしまったら、みんなが俺から離れていってしまう気がしたから。みんなが、医師になりたい、教師になりたい、パティシエになりたいと目を輝かせながら言っているのを笑顔で聞き、俺は通訳になりたいと苦し紛れに言う時間が一番苦痛だった。

将来に悲観し、何かを学ぶ意欲を失っていた俺は、学校に行く意義を友達との交流に求めた。逆に俺に必要なのは友情だけだった。俺のむなしさは、友達との交流で紛らわせられるものだと思っていた。

確かにクラスの中心的な存在になってみんなと毎日ワイワイするのは楽しいことも多かった。しかし、自分とは考え方が少なからず違うやつの話を笑顔で聞き続けるのは、はっきり言って大変だった。いつも満面の笑顔でいることに疲れを感じ、嫌気がさしてしまった。ログ・キャビンのお母さんはそんな状況を素直に話せる唯一の人だったから、毎週のように喫茶店に通った。だから当然何も知らないクラスのみんなをログ・キャビンに連れて行くことはできなかったんだ。

そんな毎日が繰り返される中、中三で関口きらが八戸中に転校してきた。彼女は、頭がよく、誰の目も気にせずに、後ろの席で自分の時間を過ごしていた。当時の俺は、そんな彼女のぶれない姿勢をとても尊敬した。毎日毎日みんなに気を使って笑顔を振りまいているのがバカらしく思うようになっていた。

もっと刺激を受けたのは、高校から八戸にやってきた野口芽衣との出会いだった。彼女は俺と同じようにとても元気でクラスのみんなを明るく照らしていた。でも、その目は完全には笑っておらず、すぐに何か無理をしているんだとわかった。俺と同じ目をしていると思った。

それから俺は彼女が無理をしている理由を知りたくて、彼女とよく話すようになった。野口と俺が付き合っているという噂が流れたが、別に困ることではなく、そう思われていた方が都合がよかったので放っておいた。彼女と一緒にいるときだけは俺も自然な笑顔でいられてとても楽しかった。野口もおなじだったと思う。

でも、彼女は自分の秘密を決して言おうとはしなかった。俺は、野口がよく関口の方を見て気にかけている様子だったのが気になったが、深く追及することはしなかった。俺は野口にさえも自分の家柄のことは言えずにいたので、自分の秘密はどれほど人に知られたくないものか知っていたから。

「でも、今日関口が秘密を話してくれたから芽衣が抱えていたものが分かってすっきりしたよ。ありがとう」

 河原に寝転ぶ山下がにっこりと私に笑いかけた。すべてを話してすっきりとした顔だ。彼の笑顔には無理はなく、とても穏やかな表情だった。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com

 

【小説】本当の色pert6

これは8章に分けた小説の六話目です。まとめページこちら

16時30分

【関口きらの回想】

「私はね、中学3年生の時にこの八戸村に引っ越してくる前はいろんな街を転々と引っ越していたの。お父さんが異動の多い仕事だからね」

「全校生徒80人の八戸中学校に転校生がやってくるって、村のニュースになったもんな」

「そうだったよね」

 でも私は、全然転校が楽しみじゃなかった。一年でまた別の場所に移動しちゃうことも多いから友達作りもあきらめていた。自分がクラスの中で浮いた行動をとらないようにみんなを観察するので精いっぱいだったんだ。

 でも、昔からこんな内気な性格ではなかった。昔は、私も山下君や「ノグチメイ」のような明るい子供だった。正確には、あなたと付き合っている「ノグチメイ」は本当は「ノグチメイ」ではないんだけど、分かりやすいように「ノグチメイ」のまま話すね。

 私が生まれたのは、仙台市の郊外。今のアパート暮らしとは違い、こじんまりとはしていたものの、一軒家に住んでいた。お父さん、お母さん、わたし「セキグチキラ」そしてもう一人、「ノグチメイ」が住んでいた。

 実は、私と「ノグチメイ」は双子の姉妹だったんだ。お母さんは専業主婦で、異動が多く単身赴任することも多かったお父さんを支え、まだ幼かった私たちの面倒もほぼ一人で見てくれていた。

 一方私「セキグチキラ」は、幼稚園や小学生低学年のころ、クラスで目立つ活発な子でいつも周りに笑顔を振りまいていた。私の周りにはいつも友達が集まってきてワイワイ楽しく遊んでいた。

 小学生のころ一番好きな遊びは、校庭でみんなとのびのびと野球をすることだった。今と違って運動神経が抜群に良かった私は、男子と混ざって野球をしてもいつも4番を任されていた。私が打ったホームランで試合の勝負が決まったことも何回もあった。

 それに対して、「ノグチメイ」は幼いころはおとなしくて、教室の隅から周りの様子をうかがっているような子だった。友達と一緒にいることを好まず、一番好きな遊びは一人あやとりだった。

小学校低学年にも関わらず喫茶店に行くと毎回ソイラテを頼むから、店員さんに毎回

「メイちゃんは大人っぽいね」

 と言われていた。

 私たちの周りの人はわたしたち「キラ」「メイ」の性格がこんなにも違うことに驚いていたに違いない。なにせ、私たちは顔も背丈も瓜二つの一卵性双生児なのだから。お父さんの口癖は、

「君たちの性格がもし全く同じだったら、お父さんでも見分けられないかもな」

 だった。

 こんなに性格の違う私たちだったが、仲はとても良かった。だって、自分と同じ顔をした相手がもう一人いるんだもの。私たちは二人で一つのような気がしていた。だから、放課後毎日家の庭で二人でキャッチボールをした。「ノグチメイ」は運動神経はあまり良くなかったから、彼女が投げるボールは私に直接届くことはなく、毎回ワンバウンドしていたが。

 そんな楽しい日常が崩れたのは小学校三年生の時。あっという間だった。

 今、振り返ってみると、もうちょっと早くお母さんの異変に気付いてあげられればこんなことにはならなかったのに。後悔しかない。

 当時、お父さんは度重なる異動の末、遠く関東の地で単身赴任をしていた。そのため、お父さんが仙台の家に帰れるのは一カ月に一回ほどで、お母さんは、一人で私と「メイ」の面倒を見てくれていた。毎日ご飯を作って洗濯をして、やんちゃな私の遊び相手にもなって、学校のPTAや地域の仕事もこなして。今考えてみると、お母さんは疲れから家の中に引きこもりがちになっていた。

 でも、私はお母さんの変化に気づけなかった。毎日おいしいご飯が出てきて、きれいな服が着れるのが当たり前だと思っていた。

 事件が起こったのはある放課後、いつも通り私が「メイ」と庭でキャッチボールをしていた時のことだ。

 よし、あと一球で終わりにしようと「メイ」に思いっきりボールを投げた時、手からボールがすっぽ抜けてしまった。

 ボールは「メイ」のはるか頭上を通り過ぎ、家の方に向かっていく。次の瞬間「パリン」と大きな音がして、家の窓ガラスが粉々に砕け散った。

「お母さんに謝らなきゃ」

 そう思って家の中に駆け込んだがそこで見たのは予想だにしなかった光景だった。お母さんが割れた窓ガラスにまみれて、血まみれで縁側に座っていた。目はどこか遠くの方を見ていて、焦点が合っていなかった。私は茫然とその場に立ち尽くしてしまった。

 「メイ」が悲鳴をあげ、近所の人達が救急車を呼んでくれたようだ。次に気づいた時には、私と「メイ」とお母さんは病院にいた。

 お母さんのけがは大したことはないと聞いて安心したが、なぜかお父さんが関東から駆けつけてきた後、しばらくの間私と「メイ」は病室にいれてもらえなかった。

 病室からは、育児の疲れによるうつ病や、離婚といった言葉が両親の会話から聞こえてきた。幼かった私はあまり意味を理解していなかったがなんだか不吉な予感がしたのを覚えている。

 そこから事態は急速に進んだ。お母さんのけがから一カ月もしないうちに両親は離婚することが決まった。お母さんの変化にもっと早く気づいて、優しくできればよかったと著しく後悔したがもう遅かった。私たちはどちらかがお母さんに、どちらかがお父さんに引き取られることになった。

 ここで、種明かしをしよう。実は、私は、昔活発で友達が多かった私は、「セキグチキラ」ではなく、関口芽衣だったのだ。運動神経が悪くて、おとなしかった妹が本当は関口きら。

 仕事が忙しくてあまり子供の面倒を見れないお父さんは、おとなしい妹の関口きらを、うつ病のお母さんは元気な私、関口芽衣を引き取り、お母さんは旧姓に戻ることから、私は野口芽衣と名前が変わることに決まった。

 それにしても両親がこんなに早く離婚するという結論に至ったことには納得できなかった。やはり、当時の私はお母さんが一人っきりで二人の子育てをする苦労を全く理解できていなかった。

 両親の離婚で私が一番嫌だったのは、あんなに仲良しだった「メイ」、つまりは関口きらと離れ離れになってしまって、ましては妹の苗字まで変わってしまうことだった。顔も瓜二つで、二人で一つだったのに。両親が離婚してしまってはもう妹とは気軽に会えないことは幼心にも分かった。

 だから、私と妹はどうにか両親に離婚を思いとどまって思おうと必死に考えた。幼い頭で必死に考えた。

 でも、離婚の意思の堅い両親の決意を変えるのは私たちには無理だと悟った。でも、せめてもの抵抗で、次のような作戦を考えた。

 私たちがそれぞれの親についていってお別れするとき、私たち姉妹は入れ替わる。私関口芽衣は、関口きらとしてお父さんについていき、妹関口きらは関口芽衣としてお母さんについていき、野口芽衣と名を変える。一週間くらいたって、私は別人よと親に打ち明ける。私たちはここまでしてまで離れ離れになりたくないことを両親に分かってもらうつもりだった。本当にバカな作戦だと思うが幼い私たちにはこの作戦しか考えつかなかった。

 作戦決行までの間、私たちは、打ち合わせを重ねた。私は、おとなしく後ろの席でみんなを見渡すような性格でソイラテが好き。妹は、明るく朗らかな様子で、いつも笑っている。お互いにそう言い聞かせた。でも、私たちはやはり二人で一つで、お互いのことで知らないことはなかったからそんなに苦労はしなかった。そして作戦決行の朝を迎えた。

 私は関口「キラ」のふりをしていつもよりおとなしくお父さんの車に乗り込んだ。妹も同様にうまくいった。お互いの車が反対方向に動き出すと私と妹は車のバックウィンドー越しに目を合わせ、うまくいったと小さくガッツポーズをした。

 車内で私はいつお父さんにばれるのではないかとひやひやしていたが、打ち合わせ通りの演技もうまくいき、なにせ妹と顔が瓜二つのこともあって、全くばれなかった。

 あとは頃合いを見てお父さんに実は…と打ち明けるだけだった。しかし、お父さんは毎日夜遅くまで働き、家に帰るとぐったりとしていて、そんなことを言い出せる空気ではなかった。お母さんも妹を養うために体調を押してパートを始めると聞いていたので、「メイ」も同じ状態だったのだろう。そのままずるずると時がたってしまった。

 初めは妹の真似をして始めたおとなしい性格は、時が経つにつれ自分の本当の性格のようになっていた。父の転勤の度に新しいクラスで後ろから物静かに人間観察をするだけだったので、全く友達ができなかった。妹もいないしとてもさみしい毎日を過ごしていた。

 そんな私の生活に変化が起きたのは、幾度かめの父の転勤先である八戸村に来て一年がたとうとしている時だった。八戸中に来学期の高校入学時から新しい転校生がやってくるといううわさが立ったのだ。ここ八戸村には、小中高と一つずつの学校しかなく、みんなエスカレーター式に進学していた。だから、新しい奴が転校してくるというのは子供たちにとっては大ニュースで大きな噂になる。

 転校してくるというその子の名前を聞いて鳥肌が立った。

「ノグチメイ」

 急いで父に確認したところ、母が突然病に倒れて亡くなってしまい、まだ未成年の妹を一人で放っておくわけにもいかず、八戸に呼び寄せたのだという。しかし、一緒に暮らすわけではなく「メイ」は一人暮らしをするらしい。それがなぜだか気がかりだったが、とにもかくにも私がずっと待ち焦がれていた妹との再会の時なので、高校の入学式にはいつになくうきうきした気持ちで向かった。

 新しいクラスにつくと、もう「ノグチメイ」はクラスの中心にいた。明るく朗らかでみんなに太陽のような笑顔を振りまいていて、すでにクラスのみんなと打ち解けていた。小さいころの私の姿を見ているかのようだった。

中学校の時からクラスの中心人物であった山下賢人とは、特に仲良さそうに話している姿が印象的だった。

 私は、「ノグチメイ」を囲むみんなの輪に入ろうと歩を進めた。

 その時「メイ」と目があった。

 2秒、いや3秒、それ以上目を合わせていたから勘違いではない。

 次の瞬間「メイ」は私から目を背けて山下やその仲間たちとの会話に加わったのだ。

 感動的な姉妹の再会になるはずだったのに。

 私の顔を「メイ」は覚えてなかったのだ。もう後5歩進んで「メイ」に話しかけることも考えた。しかし、人と関わらないような性格になっていた私には、もうそんなことをする勇気はなかった。

「教室の後ろの席に座って「メイ」を観察して、毎日密かに彼女に様子を日記に記す日々が始まったんだ」

 ここまで一気に話し切った。山下は話を遮ることなく静かに最後まで聞いてくれた。特段驚いたそぶりは見せずに、私の話を聞いて何か納得したといった様子だった。

「今度は山下君の番だよ」

 そう促すと彼は静かに口を開いた。もう河原の上のサイクリングロードに小学生の集団下校の列はなかった。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com

 

【小説】本当の色pert5

これは8章に分けた小説の五話目です。まとめページこちら

14時10分

【新井出川】

 ログ・キャビンを後にすると外はさらに蒸し暑くなっていた。涼しい店内に慣れた体が悲鳴を上げ、汗が滝のように噴き出す。さすがのセミでも堪える暑さなのかあんなにうるさかった鳴き声が聞こえなくなっていた。

「いやー暑い暑い。休憩!」

 後ろでただ座っているだけの山下が言っていると思うと腹が立ったが、もう私の足の疲労は限界にきているので彼に従うことにした。

 私と山下は今まで進んできた川沿いのサイクリングロードに自転車を停め、新井出川の河原に足を踏み入れた。青々と生えている芝生がつゆで濡れていてとてもきれいだ。たまらず私たちは靴を脱ぎすてて河原を走り回った後、膝まで水に入りぱちゃばちゃ水をかけあった。

「きゃ、山下君冷たいじゃない!」

「おまえ。こういうことするんだな。案外楽しいやつなんだな」

 そう言って、思いっきり顔に水をかけてきたので、山下を思いっきり突き飛ばしてやった。背中から水面に倒れた彼は、犬のように身震いをして気持ちよさそうだ。

 十分ほど川の中にいただろうか。川遊びにつかれた私たちは、河原に上がって、芝生の上に倒れこんだ。真上で世界を照らしている太陽がまぶしい。やはり太陽は赤く色付いていなく、白かった。

 気温はまだまだ暑いのだが、風通しの良い河原では涼しい風が吹き抜けていく。あまりの気持ちよさと今日一日の疲れで瞼が重くなっていく。こんなにも楽しい一日はいつぶりに過ごしただろう。山下に唐突に話しかけられて始まった今日一日の冒険を頭の中で思い返しながら私は河原で眠りに落ちた。

 

 どのくらい時間がたっただろう。坂の上のサイクリングロードには集団下校をしている小学生が背中いっぱいにランドセルを背負って歩いているから四時を過ぎてしまったのだろうか。一時間以上も寝てしまった。太陽も随分と傾いている。

 この時間に起きたのは山下に肩を揺り動かされたからだ。寝ぼけた耳にもはっきり聞こえるような大きな声で彼は問いかけてきた。

「おまえ、俺に話していない芽衣の秘密知っているだろう。全部教えてくれよ」

 彼の手には私の胸ポケットにあったはずの手帳が握りしめられていた。しまった、寝ている間に読まれてしまったようだ。この手帳には野口芽衣のことが日記として綴られている。一気に眠気がとんだ。

「ちょっと何見ているのよ。野口さんのことなんか何も知らないわよ」

 気が動転していて気が付いた時にはそう叫んでいた。

「勝手にお前の手帳を覗いたのは悪かった。でも俺は、教室で皆を見渡すお前の目がよく芽衣に向けられていることが前から気になっていたんだ。以前からお前と芽衣には何らかの関係があると思っていた。だから今日お前と芽衣を探す旅に出ようと思ったんだ。芽衣のことをもっと知りたいんだ。真実を教えてくれよ」

 はたして、彼は私たちの関係をどこまで知っているのだろうか。野口さんが、いや「メイ」がすべてを山下に話してしまっている可能性も考えたが、私を見つめる山下の目には純粋に真実を知りたい気持ちが表れていたので、山下がすべてを知っているということはないらしい。

「私が全部話したら、山下君の秘密も話してくれる?」

 今日ここまで山下と共に過ごしてきて、山下が「メイ」にむける笑顔だけ、他の子に向ける輝き放った笑顔とは違うものである理由についてますます知りたくなっていた。

山下が「うん」と大きくうなずいたから私は今まで誰にも話したことのない私と「ノグチメイ」の関係について口を開いた。山下に向けて発せられた私の言葉は、私の予想に反してすらすらと私と「メイ」の物語を紡いでいった。私は、心の奥底でこの話をずっと誰かに話したいと思っていたということを知った。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com

 

 

 

【小説】本当の色pert4

これは8章に分けた小説の四話目です。まとめページこちら

11時30分

【ログ・キャビン】

 蕪島神社を出発した私たちは、再度閑静な住宅街を進んだ。真夏の太陽が遠慮なく降り注いでいるからだろうか、外を歩いている人はいない。

「お腹すいたな」

「そうだね。誰かさんのせいで自転車をこぎ続ける羽目になったからお腹ペコペコだよ」

 四時間前、初めて話した山下と楽しく嫌味な会話ができるような仲になっていた。もう後ろから腰に手を回されても気にもならない。さすがクラスの太陽山下賢人だ。前髪を延ばして人と目を合わせるのを避けていた私をここまで変えてくれた。高校に入って人との会話が楽しいと思ったのは初めてだ。

「行きつけのとてもおいしい喫茶店があるんだ。そこにいこう」

 山下に道を指図されながらたどり着いた先には、立派な木造の一軒家が建っていた。丸太作りの外壁が濃い茶色に変色していて歴史を感じる。これまた趣のある木製の看板には『カフェ ログ・キャビン』と掲げられている。こんな立派な喫茶店が八戸村にあることが驚きだった。八戸高校からすべて見渡せそうな小さい村にも、まだまだ知らないことが多い。

 入り口の分厚いドアを開けると中からコーヒーのいい匂いが漂ってきた。足がおしゃれに曲がっているテーブルが4つ並び、周りを取り囲む真っ赤なソファーはふかふかで座り心地がいいのが見ただけで分かる。

「あら、いらっしゃーい。賢人君久しぶりだねぇ。元気にしてた?」

「お母さんお久しぶりです」

 中から感じのよさそうな女性のマスターが出てきて、山下の後ろに隠れるように立っている私を見つけ、笑顔で会釈した。

「山下君、後ろの彼女はお友達?誰かを連れてここに来るのって珍しいじゃない」

 そう言ってお水を二つ注いでくれている。私は思わず「えっ」と言ってしまいそうになった。ここは、野口との思い出の場所ではないのだろうか。

 私の驚きが表情に出てしまっていたのだろうか。山下は笑みをたたえた口を開いた。

「こことてもいい雰囲気だろ。ここには今まで学校でつるんでいる奴は誰も連れてきたことないんだ。もちろん芽衣もね。ここは、あのマスターと素の気持ちで語り合える唯一の場所だからね。マスターだったら他の誰にも話さないこともなぜか話せてしまうんだ。お前がマスターに紹介する初めての人なんだぞ」

 山下が一人でこういう喫茶店に来てるのは想像できなかったが、なんだか素敵だと思うとともに不思議だと思った。学校でも十分素の気持ちで友達と接していると思っていたからだ。山下にはマスターにしか話せないような大きな秘密でもあるのだろうか。

 さらに、マスターと話す山下の笑顔は、クラスメイトと話すときのさんさんと輝きを放つ笑顔とは違い、野口と話している時と似たもの悲しさが感じられる笑顔であることに気づいた。もっと山下のことを知りたいと思った。

 マスターがメニューと水をもってきた。私たちを交互に見てから、

「ごゆっくりー」

 と優しい声をかけてくれる。

「ぜったい俺らが付き合ってると思われているよな」

 山下が苦笑いを浮かべている。初めてこの店で彼と向かい合って座っているのが私なのだとしたらマスターが勘違いするのも無理もない。思えば、今日一日私は、山下と二人乗りしたりして二人の時間をなんだかんだ楽しく過ごしていた。急に、野口芽衣に申し訳ない気持ちになった。

 喫茶店でご飯を食べることはあまりなかったので何を食べようかとメニューとにらめっこしていると、ナポリタンがおいしいよと山下におすすめされた。メニューの写真にうつるオレンジ色のオーソドクスなナポリタンは確かにおいしそうだ。

「おかあさん!俺ナポリタンとオレンジジュースで!」

「はいよー」

「えっと…私はナポリタンとソイラテで…」

「はーい。お嬢さん随分大人っぽい飲み物が好きなのね」

 そう言って、マスターは笑顔で一段下がった狭いカウンターキッチンに入っていった。

 昔から私はソイラテが好きだった。小さいころお父さんに連れられてコンビニに行ったとき、いつもグリーンスムージーの隣にあるソイラテを買ってとせがんでいた。私は普段は物をせがむような子ではなく今と同じようにおとなしい性格だったのでお父さんも不思議に思っていたことだろう。

 私たちがナポリタンを待つ間、店内には優しい曲のBGMとフライパンを火にかけるジュウジュウといった音しか聞こえてこなかった。山下とは無言で向き合っていても気まずくならないような関係になっていた。ついさっきまでクラスの後ろから遠巻きに観察していたかっこいいクラスの中心人物が目の前でオレンジジュースをすすっている。そう考えると店内の心地よい空調の中でも汗が噴き出す感じがした。

「おまえ、将来の夢とかあるの?高校生になったんだしそろそろ考えないとだよなあ」

 唐突に山下が自問だか質問だかわからないことを聞いてきた。夢など全く考えていなかったので、適当に、しかしある意味心の奥底で思い続けていた本心を口にした。

「山下君や野口さんみたいに明るくなりたいな。明るくなっていいお嫁さんになりたい」

「小学生の夢みたいだな」

 山下はそう言ったものの、私の予想に反して笑わずに話を聞いてくれた。

「山下君は?」

「こんなバカな俺が言うのもはばかられるけど、実は世界を飛び回る仕事に憧れているんだ。高校生になって地理を学ぶにつれて外国っておもろいなと思って。通訳とか楽しそうだよな。英語ができるお前が羨ましいよ」

 毎日誰かしらと遊びまくっていると思っていた山下が将来についてこんなによく考えているのは意外だったが、夢が世界を股にかける通訳だなんて素敵だと思った。自分でも言っている通り彼は半分よりも前の席に座っているので成績がいいわけではない。しかし、そういえば地理と英語だけは授業中真剣な顔で聞いていた。その理由が今わかった。

こんな話をしている間に、

「おまたせー」

 とナポリタン二人前が運ばれてきた。具はソーセージ、玉ねぎ、ピーマンだけでオーソドックスにケチャップに絡めてあるだけだったが、今までで一番おいしく感じ、ペロッと完食してしまった。二人乗りで疲れた体にチャップの甘酸っぱさが染みわたり、心地よかった。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com

 

【小説】本当の色pert3

これは8章に分けた小説の三話目です。まとめページこちら

9時50分

蕪島神社】

 リンゴ畑で十分は太陽に見入っていただろうか。汗が染み出たシャツに土が付くのは不快だったが、山下の意外な一面が見れて良かった。いつも騒がしく友達とはしゃいでいた山下は、実は後ろの席で何もしゃべらない私のことを気にかけていて、頭がよくなりたいと言う。私から見れば毎日がとてつもなく充実しているように見える山下がそんなことを考えているのは意外だった。隣に寝転ぶ彼の表情は笑顔だったが、クラスで見せるキラキラしたものとは違い、どこかスッキリと自然で素の表情をたたえていたように思えた。

 二人乗りを再開し、住宅街の方向に走っていくと山下は蕪島神社に野口芽衣を探しに行こうと言った。蕪島神社はここ八戸村で一番大きな神社だ。境内に幾本と生える桜が花を開かせる時期や年に一度の村の夏祭りの時期には参道に無数の屋台が立ち並ぶ。その時には、村中の人が集結しているのではないかというくらい賑わう。しかし今日は九月一日。残暑厳しき平日の昼間だ。人っ子一人いないに違いない。当然野口に出会えるはずもないと思ったが、山下には伝えないことにした。ここまでの旅から山下が本気で野口を探しているのではないことは明白だった。動揺する自分の心を落ち着けるために二人の思い出の地を巡ろうとしているのだろうか。この神社は二人にとって特別な場所なのかもしれない。私は山下のことをもっと知りたいという気持ちもあって、今日は山下が自分なりに納得するまでとことん彼に付きやってやろうと心に決めた。今朝までの私では考えられない。

「手水舎で身を清めないとね」

「チョウズヤ??」

 関口は勉強はできてもこういうことは知らないのかと山下はげらげら笑っている。そして、一すくいの水で左手、右手、口、もう一度左手、柄杓の柄と迷うことなくスムーズに身を清めてみせた。山下がこのような作法に精通しているのは少し意外だった。神社での作法はテレビ番組でみたことはあったから知ってはいたが山下のように板についてできるものではない。私は、山下にバカにされないように横目で彼の動きを観察しつつ、さもやり慣れた人のように振る舞って手水舎を足早に後にした。

 本殿までの参道がとてつもなく長く感じられた。

「お参りするときはちゃんと神様に感謝の気持ちを伝えてから願い事をするんだぞ」

「お参りの前にお賽銭箱の前の鐘を鳴らさないと神様に自分の存在を気づいてもらえないよ」

 私の気持ちを見透かしてからか山下はいちいちからかってきて楽しそうだ。

 鈴を鳴らしてから二礼二拍手一礼する山下を横目で見ると、やはり動作が板についていた。そのままぶつぶつと願い事を唱えている。果たして何を願っているのだろうか。野口が無事見つかることだろうか。それとも…

 彼の横顔はとても神妙でいつもの笑顔はみられなかった。こんな真剣な顔の山下賢人を私は初めて見た。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com

 

【小説】本当の色pert2

これは8章に分けた小説の一話目です。まとめページこちら

8時55分

 【駐輪場】

 一限のチャイムが鳴り響いた時、関口きらと山下賢人は自転車乗り場にいた。ざわつきが収まっていない教室から自転車のカギをとってくるという不自然な動きをしても誰にも声を掛けられず好都合だったが、山下の言う通りになったのが気に食わなかった。

「関口がこんなにすんなりとついてきてくれるとは思わなかった。意外とノリのいい奴なんだな」

「何言ってるの?山下君が急に無謀なこと言い出すからでしょ。で、どこにいけばいいの?」

「お前ノリノリじゃん。んーそうだな。とりあえず自転車出してくれよ」

 そう言って私の自転車の荷台に飛び乗った。

 やはり彼女が行方不明になるというのは相当動揺するものなのだろうか。まさか探す場所の当てもなく話したことさえもない私を連れ出すとは。やはりどうにかしている。

「ちょっと山下君、なにか当てはないわけ?付き合っていたんだから野口さんが行きそうな場所とか二人の思い出の場所とかあるでしょ。それに自分の自転車はないわけ?」

 山下は、とりあえず走りだせば野口の痕跡が見つかるかもしれないなどと言葉を濁している。果たして本当に彼女を探す気があるのだろうか。

 それに山下は、自分の自転車はあるけどカギは教室においてきたから使えないらしい。おれが今から取りに帰ったら、「何やってんだ少し落ち着け」と大騒ぎになるだろと笑っている。それには思わず納得してしまったが、彼を後ろに乗せて二人乗りをしろというのはどうしても解せない。普通二人乗りというのは男性が自転車をこぐものではないのだろうか?しかも今荷台に座っている男は、今日初めて話したあのクラスの人気者山下だぞ。こんなことをしていていいのか。ぶつぶつと文句を言いながらもすんなり自転車にまたがって走りだそうとしている自分に気づいて、今日の私は何かおかしいなと思った。

 右足でペダルを踏みこもうと思うもうまくペダルが動かず右側に大きく傾いてしまう。

「きゃっ、ちょっと山下君重いよ」

「あー男の子に重いなんて口が裂けても言っちゃいけないんだぞ。」

 後ろで山下は楽しそうにおどけている。

「おまえもしかして自転車の二人乗りとかしたことないだろ。」

 からかわれて腹が立ったが事実だったので何も言い返せなかった。やはり、私は野口芽衣とは違う。

 野口はいとも簡単に山下を後ろに乗せて自転車を走らせていたのだろう。山下も野口も非常に運動神経が良い。この前窓の外から体育のソフトボールの授業を覗いたとき、まさに二人が見本として皆の前でキャッチボールをしていて拍手を浴びていた。山下と野口が人気者なのはあのまぶしい笑顔の他に、運動神経が抜群で何事もそつなくこなしてしまうのも要因なのかもしれない。体育の授業を休んでいた私はそんなことを考えながら、少し二人の才能を羨ましがっていた。

「二人の重心を合わせるとうまく乗れるよ。」

 そう言って山下は腰に手を回してきた。顔が赤らむのを感じて恥ずかしくなったが、山下は、「早くいかないと先生に見つかってしまうぞ」といたって真面目に言っているので、ペダルをこぐのに専念した。ただでさえ蒸し暑い陽気の中で、山下の体温も伝わってシャツに汗がにじむ。山下の支えもあってよろめきながらもなんとか学校の門をくぐることが出来た。

 校門からのびる一本道は長い下り坂で、初めての二人乗りでも勢いでうまく下っていくことができた。

 私たちが住む八戸村はとても小さく、高台に位置する八戸高校からは村の大半は見渡せるほどだ。私たち共通の通学路であるこの長い坂の周りは一面リンゴ畑が広がっていて、とてものどかで何もない村だ。

「とりあえず、住宅街の方まで行くかー」

 うしろからのんきなこえが聞こえてくる。つくづく思うが、ほんとに山下は野口を探す気があるのだろうか。私たちが探して解決するものではないだろう。なにか他の目的でもあるのだろうか。

 下り坂が終わってペダルを漕がなければいけなくなった後も考え事をしていたのがいけなかった。少しバランスを崩すと、二人乗りでは体制を立て直せるはずもなく自転車は大きく右側に傾いてしまった。山下の手が腰から離れ、次の瞬間私たちはリンゴ畑の中にあおむけに並んで倒れていた。体のどこも痛くはないのでけがはなさそうでよかった。隣からは、のんきな鼻歌が聞こえてきたから、山下も無事なのだろう。

 それにしても太陽がまぶしい。自転車で風を切っている時はあまり気にならなかったが、真夏の太陽に照らされて、背中とシャツが汗でぴったりとくっついてしまっていた。山下に嫌な思いをさせてないだろうか。

「なんで太陽ってこんな白く輝いているんだろうな…。太陽を書く場合ってみんな赤く書くじゃん?でもこうやって見るとさんさんと輝いていて色は付いてない。不思議だよな」

 山下は不意にこんなことを口に出した。

 確かにそのとおりだと私は思った。こんなに真正面から太陽を見たのはいつぶりだろうか。真っ白でさんさんと輝いている。クラスでの山下や野口と同じだと思った。後ろの席から目をやると彼らはいつもさんさんとかがやいていた。普段の私では口がさけても言えないが、この非日常の状況からか私は思ったことを口に出してしまっていた。

「太陽って山下君みたいだよね。ひと時も休むことなくさんさんと輝いて、まわりを明るく照らしている。ほんと羨ましいよ」

「何言っているんだよ。おれだって頭いいお前が羨ましいよ。いつも後ろの席にいるってことは毎回テストでクラス一位をとってるということだろ」

 わたしのクラスでは定期テストごとに優秀な順に窓際後ろの席になるように席替えをするので確かに今まででクラス順位一位を譲ったことはない。しかし、それは放課後に部活も友達との遊びもしてなくて勉強くらいしかやることがなかったからだし、なにより勉強ができないと何も特徴がなくなってしまうので一学期は焦って勉強したからだ。こんなひっそりと生きてきた私を山下が認識してくれていただけでも驚きなのに、私のことをちゃんと見てくれて頭がいいことを羨ましがってくれるなんて、こんなにうれしいことは他にない。

「山下『賢人』ってほんと名前負けしていていやだな。賢い人になれってもう、お父さんお母さんごめん。俺は関口みたいにはなれないよ」

 隣で彼はそう笑うが。それを言うんだったら私の方が名前負けをしている。関口『きら』ってなんだよ。キラキラした娘に育ってほしいだという願いを込めたのだとしたら私はとてつもなく親不孝だ。

 

次ページ

 

medsta.hatenablog.com